歯科医院を運営するうえで重要なのが、従業員の働きやすさを守るための労務管理です。就業規則やルールなどを曖昧にしてしまうとトラブルに発展しかねないため、あらかじめはっきりさせておくことも大切な労務管理のひとつです。この記事では労務管理においてよくある問題を紹介しながら押さえておたい基本について解説します。
着替え時間やカルテでの情報収集時間は勤務時間に含まれる?
歯科医院における労務管理の中でよく問題となるのが「着替えやカルテでの情報収集といった業務のための準備の時間が勤務時間に含まれるのか」という点です。労働時間に含まれるかどうかは、使用者の指揮命令下にあるかそうでないかで判断されることが一般的です。例えば、院内でユニフォームの着替えが事実上義務付けられている場合や出勤後すぐに業務を行うために所定の更衣室で着替えることが求められている場合、その時間は労働時間に含まれる可能性が高いです。
実際にあった最高裁判例でも作業服への更衣が業務を行うにあたって不可欠であり、かつ就業規則などで義務付けられている場合は労働時間と認められた事例があります。この考え方は歯科医院での労働にも当てはまります。
また、始業時刻までに着替えを終えておくことなどといった明確な指示がある場合、その準備時間も当然勤務時間として扱うべきです。これと同様にカルテでの情報収集に関しても、診療を適切に行うために患者情報を確認することは業務の一環であり、たとえ始業前であっても労働時間とされるのが一般的です。
始業前の情報収集が残業代支払い対象と認められたケースも多く、歯科医院でも同じように判断されると考えられます。こうした準備行為を勤務時間に含めるかどうかを曖昧にしたままにしていると、残業代の請求やトラブルに発展するリスクが高まります。
歯科医院としては着替えやカルテ確認といった業務準備をどう取り扱うのかを就業規則やルールで明確にし、スタッフへ周知徹底することが重要です。
労務管理における採用問題
歯科医院における労務管理では、採用に関する問題が大きな課題となります。一般企業ではWeb面接が広く普及し、一次面接をオンライン、最終面接を対面で行うなど柔軟な対応が見られるようになりましたが、歯科医院ではまだWeb面接が導入されていないケースも少なくありません。対面でもオンラインでも共通して重要なのは「医院が応募者を見ていると同時に、応募者からも医院が評価されている」という点です。とくに地域密着型の歯科医院では、面接時の態度がそのままレピュテーションリスクにつながる可能性があり、上から目線の対応はなかなか採用されにくくなってしまいます。
実際に求職者は複数の医院の面接を受けて比較していることも多いため、医院側の姿勢が不誠実と感じられれば候補から外されてしまうことも珍しくありません。また、採用したい人材が見つかった場合には、スピーディーに連絡を取ることが大切です。
合否連絡が遅れると、歓迎されていないと誤解されて他の職場に流れてしまうリスクが高まります。複数候補がいる場合でも、結論は1週間程度を目安に出すのが望ましいといえます。採用活動は単に人材を確保する作業ではなく、医院の理念や職場環境に共感し長期的に定着する人材を見極める重要な機会です。
労務管理における昇給問題
昇給に関する問題は非常にデリケートであり、スタッフのモチベーションや定着率に直結する重要な項目のひとつです。労働者にとって給与は非常に大切なものであり、その中でも昇給を気にする人は少なくありません。そのため、医院側としては単に制度を設けるだけではなくどの水準なら継続的に昇給を実施できるのか、スタッフのやる気につながるのか、昇給のほかに意欲を高める選択肢はないのかといった工夫が欠かせません。
例えば求人票に「年1回の定期昇給あり」と記載することは応募者への大きなアピールになりますが、実際に運用が困難になった場合には必ず説明責任を果たす必要があります。また、就業規則や給与規定に明記した場合は法律上の最低基準として守らなければなりません。
変更を行う際には説明や代替措置、猶予期間の設定など厳しい条件を満たす必要があります。さらに労働者目線では給与への満足感は続かないのに対して不満は長く残る傾向があるため、過度な昇給は経営や雇用の安定に必要であるといえます。
定期昇給については、頑張らなくても毎年一定額上がると捉えられることがあり、必ずしもモチベーションの維持に直結するとは限りません。したがって、日々の働きぶりや成果を評価に反映させ、その内容をスタッフに具体的にフィードバックすることが大切です。