
人材不足が深刻化する歯科業界において歯科衛生士が長く安心して働ける環境を整えることはなによりも大切ですが、離職率は高まり続けているのが現状です。この記事では、歯科衛生士の離職率やその背景、離職で生じる悪影響などについてくわしく解説します。定着率向上のポイントについてもあわせて解説しますので参考にしてみてください。
歯科衛生士の離職率の現状とは
令和2年度の統計によると歯科衛生士の名簿登録者数はおよそ30万人に達しています。しかし、実際に歯科衛生士として就業している人数は約14万人にとどまっており、資格をもちながら現場で働いていない「潜在歯科衛生士」が約16万人存在しているということになります。これらの数値は厚生労働省の衛生行政報告例や公益社団法人歯科医療振興財団の調査結果にもとづいています。登録者数と就業者数の差は大きく、有資格者の半数以上が就業していないのが現状です。
さらに令和2年に実施された「歯科衛生士の勤務実態調査報告書」では、現役の歯科衛生士の76.4%が1回以上の転職を経験していることがわかっています。加えてそのうちの50%以上は複数回の転職を行っており、業界内での職場移動が頻繁であることがわかります。
このことから、約14万人のうちおよそ11万人が転職経験をもっていることになり、定着率の低さがわかります。このように歯科衛生士は資格保有者数こそ多いものの、実際に働いている人数は半数以下であり、また就業者の大部分が転職を経験しています
資格取得後も同じ職場で長期間勤務する人は少なく、高い転職経験率が特徴であるといわれています。
歯科衛生士の離職率が高いワケ
歯科衛生士の離職率が高い理由はひとつとは限りません。よくある具体的な理由として、次のようなものが挙げられます。ライフステージの変化
歯科衛生士の離職理由として大きいのが結婚や出産、子育て、介護などライフステージに伴う変化です。歯科衛生士の就業者はほぼ女性で、その割合は実に99%に達しています(令和2年3月 日本歯科衛生士会調査)。女性は結婚や出産を機に生活環境が変わりやすく、育児や家庭との両立が難しい場合や引っ越しによって通勤が困難になることも少なくありません。そのため、キャリアの継続が難しく離職にいたるケースが多く見られます。
労働環境や待遇面
職場の人間関係や給与・待遇への不満も大きく関わっています。人手不足の職場では業務が偏りやすく患者対応のストレスや長時間労働が重なり、人間関係のトラブルも起こりやすい傾向があります。また、歯科衛生士の平均年収は約370万円と女性全体の平均と大きな差はありませんが、拘束時間の長さや感染リスクを伴う責任の重さを考えると十分とはいえません。経験を積んでも給与が上がりづらいことから待遇面で不満を抱く人も少なくないのです。
有効求人倍率の高さ
一般社団法人全国歯科衛生士教育協議会の調査によると2022年度の歯科衛生士の求人倍率は22.6倍に達しており、ひとりに対して約22件の求人があるという非常に高い数値です。就業先を選びやすく転職の選択肢が豊富にあるため、職場への不満や負担を感じた際に離職を決断しやすくなってしまいます。人間関係や労働環境、待遇面で不満を抱えた場合でも他に多数の求人が存在することで心理的なハードルが下がり、結果として離職率の高さにつながっているのです。
他業種への転職
専門知識に加えて手先の器用さや高いコミュニケーション能力が求められる職業であることから、そのスキルを活かしてエステティシャンやネイルアーティストといった美容分野へ転身する人もいます。また、患者対応で培ったコミュニケーション力を営業職などに活かすケースも少なくありません。こうした他業種への興味やスキルの応用可能性が、歯科衛生士が離職を選ぶ理由のひとつです。
離職率が高い場合に発生する悪影響
まず、残されたスタッフに業務負担が集中し、精神的・身体的ストレスが増大します。加えて、定着率の低下により、経験豊富な先輩が不足し、新人がキャリアの方向性を描きにくくなるため、スキルアップや専門性向上の機会が失われます。また、担当衛生士が突然辞めることで患者の不安や不信が高まり、通院の継続や医院への信頼に影響を及ぼすこともあります。
さらに、歯科医療の需要が拡大する一方で人材の供給が追いつかず、とくに地方では深刻な人材不足を招いています。これらは歯科医療の質やアクセス低下につながるため、働きやすい環境整備や待遇改善など、業界全体での取り組みが不可欠です。